写真を撮る人 三澤武彦


第九章 

最終章

自分の未熟さ
2008に自分たちで立ち上げた同業者のグループを、まだ時期尚早と感じ解散しようとしたのですが、真意を伝えることが出来ず無念ながら放り出す感じで脱退しました。
なので同業者の一部からは悪の権化と呼ばれています。



お待たせしました。いよいよ最終章です。
ホントはもっと早く書くつもりだったんだけど、
このごろ自分の未熟さを痛感する出来事が多くてなかなか書く気になれなかったの。
えらそうに書いているボクだけど、けして人間的には優れていると言える人間でもないので。
教科書調になってしまうと、上から目線の発言になってしまう、それだけは避けたいのです・・・。
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前回の続きね。

自分が撮ったモノに満足できること、これは当たり前のことだよね。
(満足の度合いはいろいろあるにしろね)
自分以外の人に何も響かない・・・問題はここにあるわけ。

まあ、この様な状態を自己満足というんだけど
「実は自分の作品がものすごくて、一般人がまったく理解できないことだった・・・」
というのは、100年に一度の天才のごくごくまれな話で
たいていの場合は、自分の気持ちが何かに染まっていたり、傾いていたり
自分では気付かないけど「考えデブ」の事がほとんどなんだ。
この場合、自分の中では考えは明解なもんだから気付きにくくて、
いろいろな考えに翻弄されちゃうタイプの考えデブとは違うんだけど、根本の考えが偏っていたりするのよね
 


<昔、20代の頃、ハマッていたカラーソラリゼーション。プリント技法のひとつでそれをカラーフィルム現像時に行ってみようと思った。ネガ現像中にポジ現像で使うカブリ剤をいれる。当時はちゃんと細かな現像データを出していたけど今ではすっかり忘れてしまった・・・>



自分の場合は、人がやっていないこと、奇抜なことばかりして、人と違うことが自分の個性であると思いこんでいた節があった。

自己満足に陥らないためには、どんなに熱くなっていても、常に冷静客観的に自分の写真が見れる事が大事なんだけど、熱くなってる時にはなかなか難しい・・・
少し時間をおいて眺めてみたりとか、怒らずに他者の意見を聞いてみたりとか・・・

ボクの場合は、おふくろが審判員だった。
ウチのおふくろ、ごくごく普通の人よりもっと時代にも疎くて絵心もない。
あまり親孝行もしていない、どちらかというと出来の悪い息子。
母親というのは、今だからありがたく思えるけど、若い頃は正直うっとうしい存在だったなあ・・・。

ほんで、上の写真を見せた時のおふくろの感想
おまえもこんな気持ち悪い写真ばかり撮ってないで、普通の写真撮ったら?
その時は「うるさい!」と答えたけど、今はその通りだと思うなあ。
奇抜ではあるがひとりよがりだから、おふくろにも響かないわけだ。

自分の考えを曲げて、相手に合わせることを迎合という。
迎合すると、自分の中でも不満が残る
おまけにそれがウケたりするとなおさらだ。
そのうち自分を見失って・・・自己満足と迎合の無限ループにハマッていくんだな。

じゃ、おふくろさんを審判員にしている写真って迎合しているわけじゃないの?

迎合ではありません。
おふくろウケを狙っているわけじゃなくて
意見を聞くのは、灯台みたいなモノ、自分の位置を確認しているだけなんだ。



自分のことを話そう。
うまく伝わるとイイけど。

二十代の頃、自分の世界にゆがんだ自信を持っていて、その中身は技術的には何も持ってなくて、自己満足と迎合の無限ループに陥っていた頃、ある人からひとつの仕事をもらった。

「俺の生まれた町を撮ってくれないか。」

一年間撮った写真で写真集を出版したいというモノだった。

自分としては仕事もまったくなかった状態だったから、願ったりかなったりの仕事。

すぐ飛びついた。

 

訪れた常滑の町は、かつては土管の生産で繁栄した町、今では斜陽産業になってしまって古い工場や煙突が廃墟のように立ち並んでいた(当時ね)

ここは腕の見せ所とばかりに、そびえる煙突や、繁栄のあとの廃墟を惜しんでみたりして、ひとりよがりの目線で撮り始める。

カッコよくとか、ドラマチックにとか、どうだすごいだろう~の世界だ。


ほぼ毎日のように通っては写真を撮っていた。
でも一週間もすれば風景も見慣れてきて飽きてくる・・・一ヶ月もすればもう飽き飽き・・・
だめだ、だめだ、もっとピュアな心を持って、楽しく撮らなきゃ・・・楽しむことに頑張る・・・変な話だ。
目に付く変わったモノ、極端なクローズアップ、大胆な構図・・・工夫工夫
でもこれってこの町を写しているのかな?
撮った本人が言うのも何だけど、何か斜に構えて見ているような・・・?


はじめの三ヶ月間はほぼ毎日常滑の町を歩いていた。
さすがにすべての策が行き詰まる。(ホントに毎日常滑にいました)


で、ここでやっと考えた。
ボクは何を写しに来たんだっけ。

自分の写真の上手さを写しに来たわけでもないし、斜に構えた歪んだ世界を写しに来たわけでもない。
ボクが写真を撮る撮らないは別にして、この町はずっと昔からこの場所にあってこの先もあって、ボクが歩いているこの町は、そこに暮らす人が日々の生活の中でゆっくり無意識に積み重ねられてきたモノで、数え切れないくらい大勢の人たちの営みと、長い長い時間の中でゆっくり今の形になってボクの目の前にある。

それをたかだか三十年足らずの人生しか生きてない自分の、浅知恵の作為など恥ずかしくて馬鹿馬鹿しいことに思えてきた。

「ボクの仕事は見たままの事実を、まっすぐカメラの中に写し止めること。」

写真は町とボクの接点。
自分が今ここにいてカメラを構えていること、
それはどうでもいいことだし、同時にものすごく素晴らしいことだし、
その時その場所に出会えたこと、なによりそれが・・・

ごめん、うまく書けない・・・

 

<1993 写真集TOKONABE 自分の中では大きな転換期だったけど、正直なところ、写真のレベルは中の下、それは自分の未熟さゆえ。>

「伝わる写真が撮れた時は、撮った達成感よりも撮れた感謝をしている。」
 

だから迎合じゃないんだ。

<常滑十年 1993-2003 写真の力を見たかったの>


写真は自分が撮ってるようで、実は撮らされている部分もあって
それはちょうどボクの右側にいつも神様がいて「今シャッターを押しなさい」と教えてくれてるような感じ。
これはどんな写真でも、いやどんな表現でも、いやどんな仕事でもそうかもしれない。


こんな話だから上から目線じゃ出来ないなあと思ったの。

宇宙の話が出てきてから、話について行けなくなったという感想が多かったです。
でもね、そういうことなの。

自分と宇宙(神さま)の関係


世の中と自分の接点が、ボクにとっては写真だった。


でも、自分も世の中に含まれているわけで


こんな感じ・・・
世の中というのは言い換えれば=宇宙そのもの


自分が宇宙そのものなんだという確認作業が写真を撮ることだとも言える。

自分の気持ちと宇宙の気持ちが重なっていると感じられたら、もう自己満足も迎合も存在しないんだよね。

だから、ボクはよく「自分のために写真を撮っている」と言うけど
それは自分=宇宙だと感じているから、宇宙のために、すべてのために撮っているということなんだ。




自分はこのことに気付くのに長い時間がかかったけど
あまり考えてなくても最初から身体でわかっている人たちもたくさんいる。
そして、やっていると誰でも気付いてゆく。
言葉が変わるかもしれないけどみんな同じことを言ってる。
ブルーハーツの歌とかね。

これ以上話すと精神論の世界に入っていってしまうから
この話は一旦ここまで完結しようと思います。
今回のシリーズは、今まで自分が感じてきたことを体系的にひとつにまとめてみようと思いました。
へたくそでわかりにくい長文につきあってくれてありがとございます。
矛盾点、疑問点などありましたら、コメントなりメールなり下さい。
ホントありがとうございました。

<完>

2008/9-2009/2 ブログに掲載

三澤武彦


 

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